「黒い水流」流水表現のまとめ


 2026年1月9日 第2回 現代日本画10人展のオープニングパーティーに出席、翌日は終日会場に詰めて、昨日岡山に帰ってきました。メンバー、関係者、知人、たくさんの方々にお目にかかり、お話することが出来ました。上記画像は森山の出品作のうちの一枚、「流水紅白梅」です。P30号縦の大きさです。和紙に金銀箔を貼り、それに岩絵の具、胡粉、墨他など、この国の絵画で伝統的に使われてきた材料で描いています。ポイントは、下部にある黒い流水表現。尾形光琳が国宝 紅白梅図屏風で用いたのではないかと考えられる技法を用いて表現しています。 紅白梅図屏風 流水表現の実験2025とTV番組 2025 11月30日の記事で紹介した技法です。


上記はもう一点の出品作、放送番組内で実際に硫化反応を行ったパネルに描いた「殿様蛙」F6号縦です。 尾形光琳作 国宝 紅白梅図屏風の特別さ 2025 12月4日の記事で、私の取り組んだ具体的な技法の紹介をしています。

今回、実験に取り組んで感じたことは、実際に燻す(硫黄をガス化して用いる手法)技法では、作品が大きくなるにつれて考慮する要素が増え、再現性を上げることが難しくなることでした。だから、尾形光琳の描いた紅白梅図屏風の流水、他に類例が残っていないではないかという推理をしたのです。

上記二点を1月23日までの 現代日本画10人展2026年1月9日より 2025 12月21日の記事に出品しています。特に30号「流水紅白梅図」の硫化反応作業の影響は、金箔部へも及んでいます。実際の金箔の質感変化、銀箔の反応色合いの違いなど見て頂く機会になればと思っています。興味を持っていただければ幸いです。

尾形光琳によって国宝 紅白梅図屏風の流水部が描かれた折、もし「殿様蛙」の流水のような状態(銀色部分はそのまま、それ以外が黒い状態)であったとしたら、経年変化で銀色の部分が茶色になったり、またある時は青くも見えたことがあるであろうこと、そして現在のような状態にもなるだろうと考えられます。一方、初期段階で反応をより進めれば、その状態は、もう一枚の「流水紅白梅」の流水のようになります。その後の経年変化においてグレー系の表面色、そのまま黒い表面の痕跡、差が残ることになります。

銀色をうまく残す表現において、硫黄粉を撒く直接反応の手法は、望まれる初期状態を作り出す再現性の高い手法となります。今回の実験ピースと実物と金箔部分の残留硫黄濃度など比較確認する事ができれば、国宝 紅白梅図屏風に用いられた技法についてより確かな作業が検証できる気もします^^;。もし、金箔を貼ったのが反応後であったとしても支持体の和紙は燻されたとするならば、その和紙に付着硫黄が残っているはず・・。銀箔の硫黄による化学反応による技法、和漢三才図会に記されたそれが工芸に関するものであるとして、尾形乾山との関連付けはまさしく正当な話です。しかし、尾形乾山は実際の制作には関わっておらず、完成した紅白梅図屏風を津軽藩の江戸屋敷で見、その感想の覚書尾形光琳と乾山 黒い水流の謎 2025 12月8日の記事に紹介されています。そして、その後、東京大空襲による火事で津軽藩の江戸屋敷で水に濡れた話が津軽家の所蔵 紅白梅図屏風 2025 12月12日の記事書かれていました。水の付着、その後の対応処理で表面皮膜に何らかの要素が加わり、銀色部分の変化がより進んだのではないか、そしてその変化が目に触れることになった・・・。謎解きの面白さ。「黒い流水」の謎に取り組み、楽しませてもらいました。

これ以前の実験、制作他については、以下のまとめを御覧ください。





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